忍び寄る混沌
― 悪化する治安と風紀、病院へ大きな余波

PMS(ペシャワール会医療サービス)総院長
中村 哲
ペシャワール会報82号より
(2004年12月15日)
灌漑用水路D地点にある貯水池を望む中村医師
荒れる民心、乱れる風紀
みなさん、お元気でしょうか。
ペシャワールもジャララバードも、暑い夏が過ぎたと思ったら、たちまち寒い冬の到来です。夜は底冷えして、毛布が2枚要ります。

アフガニスタンは相変わらずで、9月頃から選挙だの何だのと、政治的なお祭り続き。1万3,000名の米軍は去ることができず、特に用水路掘削現場では、毎日超低空で往来が激しくなっているようです。カーブルを初め、東部諸都市でも爆破事件が絶えません。

日本人が特別に誘拐の対象になっているという警告が来たり、外国NGOや国連機関の職員が外出を見合わせたり、何だか、ますます住み難くなったように思えます。かつての静かなペシャワールのたたずまいを思い出させたジャララバードも、車両と排気ガスであふれ、喧騒と不安全に包まれています。
決して皆がそうではありませんが、民心も変化し始め、露骨な拝金主義が浸透しています。私たちPMS(ペシャワール会医療サービス)の基地病院、診療所、ジャララバード事務所でも、多くの職員たちが高給を求めて去りました。時には、あからさまな賃上げ要求などがあります。

奇妙なのは、教育を受けた人々、都市の知識層にこの風潮が強く、享楽的かつ退廃的な風潮が同時に首都カーブルに蔓延していることです。「教育、教育って言っていたが、何を教えるんだろう」と、つい考えてしまいます。

「日本人は甘い」と思われがちですが、どっこい、こちらも一筋縄でゆかぬ頑固者。理不尽な要求に対しては、これまで、「どうせゼロから始めたのだから、全員解雇してでもまたやり直せ」との態度で臨んできました。現在、第二波の人事更迭、事業内容の見直しが進みつつあり、「アフガン空爆」やら「復興ブーム」以来、何だか荒らされた挙句の後始末に追われているようで、楽しい気分になれません。おまけに、日本政府の政治的思惑で対日感情が悪化、事業に支障を来すとあっては、ふんだりけったりです。政治や権力というものが、ますます嫌になりました。

「過去数年で最も酷い旱魃」
ところで、アフガニスタンは異常気象つづき、水害の日本とは逆に、河川の水量の激減がさらに進行しています。5年目に入った旱魃は、さすがに識者たちの注意を引き始めました。今年5月になり、やっとWFP(世界食糧計画)が、「今年は過去数年間のうち、最も厳しい旱魃で食糧生産が低下」と初めて危機を訴えました。最近、カーブルの新政権が「地下水利用の灌漑禁止」を全土に命じたのも、その表れです。私たちの飲料水源確保グループの井戸は1,300本を超えましたが、その半数が「完成」の後に再び涸れ、再掘削をくりかえして得られたものです。

かくて、「アフガン問題」が、決して民主化や教育などでなく、実は人々の生命、人間の生存に関わるものであることが誰の目にも明らかになってきました。結局、「戦争どころではなかったのだ」と、心ある者なら考えるでしょう。

成長した柳(2004年12月撮影)
復活し始めた村落
クナール川から引かれる用水路工事は、12月現在、取水口から約5キロメートルまで進み、来年1月末までに第1期の灌漑が予定されています。約300ヘクタールを潤した後、最終地点のブディアライ村からシェイワ郡まで、さらに7キロメートル、約2,000ヘクタールの農地回復を目指します。

これに合わせて、水路予定地沿いには続々と村落が復活し始めました。これまで掘った約2キロメートルの水辺には、柳で覆われた緑のベルトが確実に希望を伝えてくれるようです。冬に入り、大挙して山を下ってきた遊牧民たちと、しばらく植樹をめぐる攻防戦です。

水辺の柳は伊達に植えているのでなく、その根が護岸して水路を守るからです。これまで植えた1万5,000本のうち、25パーセントほどが根づきました。さらに2万本が今冬に植樹されます。
「希望は決して人の世界にはなく、自然の恵みにあるのだ」と、まるで隠者のように、背丈以上に成長した柳の林で、水と緑に心を和ませる今日この頃です。