追悼 現地ワーカー伊藤和也君

追悼
現地ワーカー 伊藤和也さん



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2008年8月26日、アフガニスタン東部ブディアライ村で拉致され、凶弾に倒れた現地ワーカーの伊藤和也さんの葬儀が9月1日に実家のある静岡県掛川市で行われました。9日に現地アフガニスタン東部シェイワ村のマドラサ建設敷地内でも、ダラエ・ヌールの村人によって葬儀が行われました。
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2008年8月26日午後、アフガニスタンのダラエヌールで、農業支援に従事していた伊藤和也さんを、武装グループの凶弾によって失ってしまった。痛恨の極みと言おうと断腸の思いと言おうと、その悔しさは言葉にはなり得ない。享年31歳、あまりにも若すぎる非業の死である。

 彼は2003年6月、事務局を訪れ、その年の12月からアフガンで活動を始めることになった。面接の時はまだひ弱さの残るシャイな感じだったが、2004年の春に会った時には、用水路工事護岸の植樹担当で、日に焼けて逞しくなっていた。静岡県の農業高校から農業専攻の短大を卒業した彼は、もともと農業志望で、お母さんの話によると、小学2年の時「将来は食べ物を作る仕事をやりたい」と、作文に書いていたという。
 その彼がダラエヌールの農業支援に活動の場を移してからは水を得た魚で、相変わらず口数は少なかったが、肩の力が抜けて生き生きと仕事をしていた。
 今年の3月に会ったときには、農家の子どもたちにまとわりつかれ、なんだか土地に根を生やしつつあるのを感じた。冗談で「お前さん、嫁さんでももらうんじゃないか」と聞くと、「母親もそういうんですよ」とはにかんだ。

 私達は、未だに彼の死を受け入れられない。ご両親や妹さん弟さんにとっては、尚更のことである。今回の事件の背景については、さまざまな憶測が流れ定まらない。ただ、ペシャワール会の医と水と農に関わる長年の事業が現地に受け入れられ、伊藤君の日々の営みが村人に慕われていただけに、それを理解し得ない「外部」の者の犯行や言動に、はらわたの煮えくり返る思いと情けなさを覚える。

 今は、伊藤和也君の魂が安らかであれと、祈ることしかできないのが無念である。

 伊藤君、私達は君の遺志を継ぎ、困難の中でも活動を続けて行きます。君の魂が、アフガンの大地と空を自在に飛翔し、アフガンの人々とその人々のための事業を見守ってくれるようお願いします。


ペシャワール会事務局長 福元満治


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