植樹100万本達成!
―和平への動きが活発化、干ばつは一時的に解消

2018年度現地事業報告
PMS(ピース・ジャパン・メディカルサービス)総院長/ペシャワール会現地代表
中村 哲
ペシャワール会報140号より
(2019年07月03日)
現地赴任から35年が経ち、いまだに事業が進められていることに不思議な気がしています。
医療から始まり、大干ばつで灌漑・農業に力を注ぎ、そして今、温暖化による沙漠化と対峙して河川からの取水技術に集中しています。しかし、追いかけ続けてきたものは変わりません。


2018年度の概要
異常気象と和平への動き

2016年から3年間連続して少雨が重なり、アフガン全土が渇水と干ばつに見舞われた。特にヘラートやカンダハル周辺の諸州で著しく、西部で20万人など、大量の国内避難民が発生した。キャンプ生活をしない避難民を入れると、実際は発表を上回る。
だが2018年10月中旬から、今度は洪水が発生するほどの多雨となった。豊富な降雨降雪は翌2019年4月まで続き、干ばつは一時的に解消した。

この経過を通じて「安定灌漑」の重要性が認識されるようになり、全土で灌漑への関心が高まった。
PMS農場内のガンベリ公園で、新年を祝う人々(2019年3月21日)
依然として都市部で治安が悪く、農村部でが秩序維持のためにタリバン勢力に頼る村落が圧倒的多数を占めている。人々の間で厭戦(えんせん)気分が広がり、和平への動きが活発化している。2018年6月、内戦が始まって以来初の「ラマザーン明け休戦」が政府とタリバン勢力の間で実現、東部では完全に協定が順守され、和平への動きを加速した。同年10月、タリバンの「農業・牧畜ザカード委員会」が干ばつ避難民救済を呼びかけ、国際団体の保護を表明した。2019年4月には和平国民大会議(ロヤジルガ)が開催された。
東部と根拠地にしようとするIS(イスラム国)は、政府軍やタリバン軍との戦闘に圧されて下火に向かい、限局した動きとなっている。

年度事業のあらまし
カチャラ、コーティ、タラーン、ベラ村に安定した灌漑をもたらすマルワリードU用水路。両岸の柳への水やりに勤しむ(2019年3月28日)
全体としてPMSの動きは、水利施設の普及活動へ向けて大きな舵が切られようとしている。
第4次JICA(国際協力機構)=PMS共同事業(マルワリードⅡ)はJICA側の止むを得ざる事情によって第1期工事の2年間 (会報124号の別表3参照)»で終了、第2期工事2年間(2018年10月〜20年9月)はペシャワール会の資金によって引き継がれた。既に緊急工事で全流域に用水路がいきわたってはいたが、大掛かりな護岸工事、排水路網整備などは残され、現在工事が進められている。

これによって、2010年から8年間続けられてきたJICA=PMS共同事業は、広大な地域の安定灌漑と取水設備の技術的完成を成果として残し、新たな段階に入った。
カマ堰再建は2019年2月に終わり、カマ地方7,000ヘクタールを潤す安定灌漑の態勢が整った。同時に取水堰の「完成形=標準設計」が成り、普及事業へ向けて大きな歩みとなった。一方、FAO(国連食糧農業機関)と継続してきたミラーン訓練所が軌道に乗り、次の展開が模索された。18年度は220名が受講、アフガニスタン全国各州の技官レベルが参加して現場を実見、大きな希望を与えた。
現地PMSと日本側との交流は継続され、18年7月と11月にPMS首脳陣が来日 (トピックス2018.11参照)»、19年4月にはFAO事業の一環で山田堰土地改良区の徳永哲也理事長が現地を訪問した。

「緑の大地計画」20年継続態勢
一昨年度に打ち出された20年態勢 (会報132号「緑の大地計画20年継続態勢」参照)»は、
① 既設のPMS水利施設の維持、
② 隣接地域へのPMS方式普及、を目的とする。この方針のもとに、18年12月以来、マルワリード用水路改修が進められ、同流域住民の結束による水管理が整えられてきた。
これと関連してPMSの自立を促進するべく、ガンベリ農場の整備に力がそそがれた。
日本側もこの事態に呼応して、2016年に「PMS JAPAN(支援室)」が発足、事務作業の円滑化と現地連絡が大幅に改善したが、更に充実が期待される。

1. 医療事業

表1. 2018年度 診療数及び検査件数
18年度の診療内容は表1の通り。
地域で残る数少ない診療所となり、重きをなしている。

2. 灌漑事業
主な工事は表2の通り。

カチャラ堰流域(マルワリードⅡ)・第二期工事
本地域はミラーン堰対岸にあり、4カ村に3万人が居住する。川沿いに長いベルト地帯で、河道が安定せず、沿岸はしばしば洪水が襲って大被害を繰り返し、村民の大半が難民化していた。本地域の安定が今後の全体の維持の上でも要となると判断、16年10月に第4次JICA共同事業として開始された(詳細は16年度報告 (会報132号参照)»17年度報告参照 (会報136号参照)»)。

当初4年をかける予定であったが、急速な治安悪化と大量帰還難民の発生が起き、急きょ方針を変更、全域の早期灌漑によって帰還難民の帰農を目指した。18年9月までに主幹水路5,6km全線、カチャラⅠ・Ⅱ・Ⅲ、コーティ、タラーン、ベラの各分水路を完了、送水を開始、全域灌漑を実現した。
表2. 「緑の大地計画」の経過と予定表


18年10月、第二期工事(20年9月まで2年間)はPMS単独で、総工費2億円はペシャワール会の資金で行われることになった。本流域のもう一つの重要点は、洪水対策=護岸工事である。灌漑と並び、大河川沿いの村落復興には欠かせぬ事業として、8,5km全線で本格的な工事が進められている。また、下流域の対岸はミラーン堰があり、河道整備によって同堰を安定させることも大きな目的である。

ガンベリ排水路網の完成
主幹排水路工事(約1,7km)は17年12月に完工したが、ガンベリ下流域、約1,9kmの主幹排水路は19年1月、住民間の合意が成立して着工した。これでガンベリ地域の湿地委は完全に処理される。
現在までに処理された湿地または湿害地は約7,000ヘクタールを超え、これによってマルワリード用水路の全流域は給排水分離を整え、完全に耕地を取り戻したと言える。 2003年から続くマルワリード用水路はこれによって全作業を終え、新たな段階に入る。代わって、一昨年の集中豪雨による被害の復旧、建設時の不備を補う補修工事が着々と進められている。2019年度には取水堰の改修が行われ、「完成形」が建設される予定。
表3. 2019年度の予定事業の概要
※カチャラ堰 (マルワリードⅡ)は2018年10月からペシャワール会単独資金による事業
※ミラーン付近河道整備:ミラーン堰河道の流れを安定させるため、河道固定堰を建設


カマ堰改修を完了
カマ堰は2012年に竣工していたが、より完成された形を求めて改修が繰り返されていた。最終工事は17年11月から19年2月まで、約2年をかけて行われた。これによって、流域50数カ村、7,000ヘクタールを潤す2つの堰の完成形が成り、住民に安堵感を与えると共に、今後の普及活動を基礎を作った。

技術的には堰の砂吐きと洪水吐きの工夫が残された課題であったが、成功したミラーン堰の方法を取り入れ、一応の完成形とするに至った。より安定した本堰の設計を、「部分可動堰を伴う石張り式斜め堰」の標準として提唱、気候変化で困難になっていたクナール河などの暴れ川からの取水に、今後役立てることが期待される。JICA=PMS共同事業の最大の成果である。

PMS方式の普及活動
マルワリードⅡ堰の排水路建設現場で柳枝工を実際に行っている研修生たち(2019年5月30日)
FAOと協力して完成した訓練所(17年12月落成)で、地域農民指導者、水番、州の技官らを対象に研修態勢が整えられ、18年度は220名が受講した。
日本では、ペシャワール会と山田堰土地改良区、テクノ社(久留米)、日本電波ニュース社らが協力した。堰の模型やビデオなどの教材作成が行われた他、JICAとの共同調査に加わって研修事業にも貢献した。
FAOとは他地域展開を視野に、共同調査も進められている。18年度はクナール州、ラグマン州の候補地3カ所に絞り、第一次調査が進められた。カブール政府・農業省も関心を寄せ、協力態勢を強めている。

2003年からPMSはクナール河20km流域に8カ所の取水堰を建設している

3.農業事業 ガンベリ沙漠開拓
PMSガンベリ農場

ガンベリ農場の牛舎(2019年4月20日)
全体の開墾はまだ80ヘクタール前後が未開墾で努力が続けられている。これまで小麦や水稲栽培に力が入り、サツマイモ、旬の野菜など、多様な試みが行われてきた。
2018年度は、20年継続態勢の中で計画的な備えが痛感された。オレンジについては、将来の主要な出荷品目に加え、管理態勢整備に着手した。25,000本の柑橘類は移植後2〜7年を経過、少しずつ結果し始めている。計画的な剪定や施肥、無駄のない出荷を実現し、明確にPMSの自活の一助とする方針が打ち出され、農場経営に焦点があてられた。このために数キロメートルのフェンスを巡らすなど、区画の整備が行われた。
畜産は現在乳牛47頭を有し、1日100Lの原乳を供給している。広い牧草地を確保できるため、今後も順調な伸びが期待されている。

ガンベリ農場で養蜂所開所式を行う、中村医師(右から3人目)、徳永さん(右から4人目)とPMS職員たち(2019年4月25日)
懸案の養蜂業は、4月、FAOジャララバード支部の協力を得て、集蜜が開始された。
農場の一角に育てたビエラ約2,000本が成長して森を作り、優良な蜂蜜生産が確実視されている(注・ビエラは沙漠に自生する低木で、糖度が極めて高い花実をつける。ビエラの蜂蜜はアフガン特産で、優良な食材である)。既に巣箱50、2カ月で300kgを収穫、良好な結果を得ている。19年度には巣箱100まで増やし、オレンジからの集蜜も試みられる。

その他牧草のアルファルファが半ば野生化して畜産に大きく貢献したが、土壌のpH調整を要する茶やレンゲの栽培は不可能と見て中止した。全体に、穀類では水稲栽培に力を入れ、果樹、養蜂、畜産を主力とする路線が敷かれた。

植樹
18年1月〜12月の植樹数は40,869本、19年3月までの集計で、2003年以来の総植樹数は100万本を超えた。
柳枝工に用いられるヤナギが約6割と圧倒的多数を占めるとはいえ、壮挙である。 この間、現地で入手できる樹木の育苗、防砂林の造成、護岸の樹林帯、斜面保護など、様々な試みが行われた。ユーカリは成長は早いが他の植生に与える影響があり、他の高木(乾燥地のガズ=紅柳、川沿いのシーシャム)に置き換えている。
最も乾燥に強いのはビエラ、ガズ、オリーブで、湿地はヤナギまたはユーカリが適している。総植樹数は1,007,448本である。果樹は34,316本、内訳は表4の通り。
表4. 植樹総数(2003年3月から2019年3月まで)


4.ワーカー派遣・その他
現地PMSとの交流

現場に中村一名が常駐した。
実情を知る上で現地との交流が不可欠であるが、依然として邦人が渡航しにくい状態が続いている。17年に続き、7月、11月と2度にわたり、FAOとJICA共同調査の一環として、ジア院長補佐、ディダール、ファヒム(土木技師)、アジュマル(農業技師)、ハニフッラー、サブール(事務会計)が来日、交流を通して相互に理解を深めた。

共同調査
JICA共同調査は、各方面の協力を得て、17年4月から始まったが、20年12月まで継続される。評価は「緑の大地計画」全体のもので、灌漑前後の農村の変化、水利施設の機能について行われるが、今後の改善点らについても議論が進められている。
調査とは別に、専門家の手で取水設備の標準化と建設基準がまとめられる予定で、今後の普及活動に備える。

その他
シギ排水路工事風景。軟弱地盤であるため地盤改良に苦戦しているが、排水効果はめざましい。周りのガズは根腐れし、枯死している (2019年5月7日)
4月中旬、異常な降雨でクナール河が一部で氾濫、PMS作業地ではバルカシコート村、ベラ村で溢水し、村落を脅かした。
被害は軽微であったが、緊急事態と見て護岸工事を行い、それ以上の被害を防いだ。カブール河流域ではカシマバード堰(ベスード第一堰)で溢水寸前まで推移が上昇したが、事なきを得た。

2019年度の計画
2018年度の連続である(表3)。
灌漑関係では、
①カチャラ堰流域は、護岸8,5kmの建設を継続、
②マルワリード用水路は、取水堰の改修と4,8km地点までの再ライニング(水路床覆工)、
③カマ堰右岸(ベスード側)堤防のかさ上げ、
④バルカシコート村の堤防強化、
⑤ガンベリ排水路・シギ分枝(1,9km)の完成
が予定されている。
取水設備普及のための研修は、2月、FAOとの提携が成り、主にカブール政府や自治体の技官を中心に行われ、各論の作業工程の習得も行われる予定である。また、引き続きラグマン州の灌漑計画調査をFAO技術陣と進める。
PMS農場では、オレンジ園の計画的なケア、養蜂の研究と蜂蜜増産、牧草地の確保と牛舎の拡張が、大きな課題である。

2018年度を振り返って
無事に1年が過ぎました。現地赴任から35年が経ち、いまだに事業が進められていることに不思議な気がしています。
正確には1984年ペシャワール会赴任、88年のソ連軍撤退開始と同時にアフガン東部の山岳地帯へ活動を広げ、2000年の大干ばつに遭遇、その惨状に医療の無無力を骨身に覚え、診療所周辺の村落救済に奔走、飲料水確保で井戸の掘削、次いで灌漑による農業復興、大河クナールからの取水、暴れ川と対峙するうちに年月が経ち、気づいたらお爺さん― という訳です。この間、2001年にアフガン空爆、米軍の進駐、そして撤退開始、振り返れば慌ただしいことです。

日本でもバブルとやらが膨らんでは消え、失われた20年などと言い、右往左往するうちに昭和→平成→令和と時代がかわり、慌ただしくなりました。しかし、通信・交通の便だけ、悪いことも沢山、速やかに起きるようになりました。
現地事業はまるでこのような世相を無視するように、続けられています。医療から始まり、大干ばつで灌漑・農業に力を注ぎ、そして今、温暖化による沙漠化と対峙して河川からの取水技術に集中しています。しかし、追いかけ続けてきたものは変わりません。むしろ、ここでは必然の成り行きだったと思われます。
更に竿頭(かんとう)一歩を進め、この事業の恩恵を拡大すると共に、私たちの軌跡が人々を励まし、神意に適うものであることを祈ります。併せて、これまでの温かいご関心とご協力に感謝致します。
2019年6月 記